日本を知ることで、日本人としての誇りを醸成する。
志誌『Japanist』27号(2015年10月25日発売)に掲載された、山田宏の連載インタビュー Vol.5。
Japanist Interview
無用な戦争を起こさせないための備えを
今、なぜ集団的自衛権か
髙久 多美男(Japanist編集長 以下:高久)
この号が発行される十月二十五日の時点では、安倍総理が進めてきた安全保障法案が可決されているはずですが、今回は日本の安全保障についてお聞きします。
安全保障といえば、国民の生命と財産を守るため、絶対に欠かせない重要な案件ですが、無関心、あるいは安保と聞けば「戦争ができる国」「徴兵制」と結びつけて考えてしまう人が多いようです。私は無責任な思考停止と思っていますが、そもそも山田さんは、今回の安保改正をどのようにとらえていますか。
山田 宏(以下:山田)
普通の国は個別的自衛権も集団的自衛権も行使できますが、日本の場合は憲法第九条がありますので、その枠組みの範囲内で集団的自衛権がどこまで認められるかという提案だったわけです。これまでの解釈では、日本は集団的自衛権は自然権としてもってはいるけれども、行使することはできないというものでした。その背景にあるのは、砂川判決です。集団的自衛権を行使すれば自国の防衛を超える、つまり集団的自衛権を行使しなくても自衛できる、だから集団的自衛権を行使することは憲法上認められないという内容の判決です。しかし、状況が変わって集団的自衛権を行使せずして自衛できないとなれば、自衛の範囲内でその権利を認めるべきではないかというのが安倍さんの提案でもあったのです。
髙久
集団的自衛権を行使しなければ、日本の自衛ができなくなると考えた根拠は何ですか。
山田
この法案の最大の目的は、ホルムズ海峡にあるわけではありません。中国の脅威にあります。中国は経済成長を背景に軍事力を大幅に向上させ、東シナ海、南シナ海で国際法を無視した横暴なふるまいを続けています。周辺国のベトナムやフィリピンのみならず、世界の多くの国々が中国のアグレッシブな行動に警戒心を抱いています。これまで世界の警察を担ってきた米国の力が相対的に低下し、替わって中国の軍事的圧力が高まっている今、平和を維持するためには同盟国である米国と協力して対処しなければならなくなってきたという状況の変化が背景にあるのです。
髙久
今回の安保法案に関し、説明不足だと指摘する人もたくさんいました。
山田
日本の総理大臣は、はっきり中国の脅威と言えない事情があります。それを言ったとたん、中国は「日本は中国を敵視している。日本が挑発した」と言って自己正当化し、「日本がわれわれを刺激するから軍事力を強化する」と言いかねないからです。中国の脅威についてはっきり言えれば今回の安保法案の意義はもっと理解されやすかったと思います。
髙久
反対派は、それをわかったうえで「戦争できる国」「徴兵制」などと感情に訴える表現を用いて攻撃していたのでしょうね。
山田
言語道断ですね。現に南シナ海では、中国がベトナム兵を何十人も殺して西沙諸島のすべての島を占領してしまいました。中東から日本へ原油を運ぶ際、南シナ海は通り道ですが、その海域が中国によって脅かされるとなれば、日本は油を絶たれる可能性も出てきます。そうなれば、経済は崩壊し、国民は辛酸を舐めることになってしまいます。石油が絶たれれば自衛隊も活動できなくなり、尖閣諸島も中国の手に落ちるでしょう。つまり、日本にとって、大東亜戦争直前の、油を絶たれた状態のようになってしまうのです。これまで通り、南シナ海を平和な海にしておかなければいけないというのは、日本にとって不可欠な条件であるわけです。
髙久
野党はそれを知っていて、感情的に反対論を煽っているのでしょうね。
山田
誰もが平和を望んでいるはずですが、では、平和を唱えていれば維持できるのか。あるいは、憲法第九条があったから今まで平和だったのか。世界の識者に聞けばわかりますが、日米安保条約に則って、当時弱体だった自衛隊を米軍が補ってきたから平和が維持できたんです。
髙久
そういう意味でも、私は戦後最大の貢献者は安倍さんの祖父である岸信介だと思っています。それまで米国は日本の防衛の義務を負っていませんでしたが、身を賭して六十年安保改正で日本への防衛義務を負わせたのですから。にもかかわらず、岸の評価は低いです。
山田
中身を知らず、感情的に反対するのは日本人の特徴かもしれませんね。
髙久
ある案に対して反対するのは自由ですが、その代案を示すことなく、ただ反対している人たちがいます。では、スイスのように自国だけで守るという覚悟が今の日本人にあるのか、と聞きたい。
山田
もし、米軍を排除して自分の国だけで守るには、今の防衛費を四〜五倍にしなければいけませんよ。GDPに占める防衛費の割合を見ると、現在、日本は一%未満です。韓国は三%、ヨーロッパ諸国は三〜五%、米国は五%です。もし、日本が欧米のように五%にすると、防衛費は年二五兆円近く必要になります。平和を維持するには、努力もコストも要るということです。安全保障というものは念仏や祈りじゃなく、リアリズムだということです。
髙久
歴史を学べば、そういうことはわかるはずなんですが……。
山田
例えば、『史記』の中に「世家」というものがあります。その中で斉の国について書かれたくだりがあります。斉は太公望がつくった国なんですが、二二一年、秦の始皇帝に滅ぼされてしまいます。当時は戦国時代で「戦国七雄」が争っていました。当時の斉の国の外交は私たちに多くのことを示唆してくれています。
斉は、ずっと軍備を整えず、平和政策、中立政策をとっていました。西の強大な国・秦から周辺国が攻められ、救援を要請されても「われわれは非同盟だから」と断っていたんです。その結果、当初は秦から睨まれることがなかったのです。また、他の国々も秦と戦うことに必死でしたから斉に攻め入ってくることもなく、斉は平和を謳歌することができたんですが、やがて秦に攻められ、一瞬にして滅ぼされてしまうんです。斉の国の君臣ともに、「われわれは小軍事、中立政策だから平和を謳歌できたんだ」と思い込んでいたんです。
髙久
社会党の「非武装・中立」という言葉を思い出しますね。
山田
リアリズムの欠如です。それまでの平和が何によってもたらされているのかという認識がまるでないんです。この姿は今の日本と同じです。吉田茂が警察予備隊をつくった時も、岸信介が安保改定をした時も、PKO法案の時も、「戦争になる」とすさまじい反対運動が起きましたが、法案が通ってしまうと、反対派はケロッとして何も言いません。反対したことの責任をとっていないんです。
髙久
特定秘密保護法の時もそうでした。映画が作れなくなる、本が書けなくなると多くの識者が騒ぎました。今、そういう事態になっているでしょうか。結局、反対のための反対なんですよね。
山田
なんでもイチャモンつけて、自分の利益を図ろうとしているのでしょう。そういう意味では、今回の安保法案についても、採択されてしまえば、とたんに静かになると思いますよ。夏うるさいほどに啼いていたセミが秋になると一気に静まりかえるのと同じように(笑)。
米国の戦争に巻き込まれないために
髙久
安倍さんが示した集団的自衛権は、かなり抑制の効いた内容だと思いますが、米国の戦争に日本が巻き込まれてしまうのではないか、米国の戦争の手先としていいように使われてしまうのではないかと危惧する人が多いのも事実です。
山田
例えば、米国の艦船が攻撃されていて、わが国の自衛に係わる範囲で自衛隊が出動するには、基本的には国会の承認が必要です。その時間がないという緊急事態の場合は政府が判断して自衛隊の出動を実行することができますが、その場合も、三ヶ月以内に国会で事後承認が必要となります。国会は自分たちが選んだ代表です。自分たちが選んだ代表を信用せずして、いったい誰を信用するのか、という話です。米国の戦争に巻き込まれるのではないか、自分たちの代表者が正当な判断ができないのではないかと危惧するのは本末転倒ですよ。つまり、国民一人ひとりの責任は重いということです。しかし、これは独立国として当然の責任であり、どの国もそういう責任を負っているわけです。
髙久
法律で縛れば、それだけ抑止力は下がりますね。
山田
そうです。これもできない、あれもできないと決めてしまったら、相手の国はそこを突いてきます。ですから、どの手を使うかわからないという状態にしておく方が抑止力になるんです。つまり、無用な戦争を起こさせないということです。
髙久
日本が集団的自衛権を行使できることになった場合、米軍にはどのようなメリットがあるのでしょうね。
山田
私も米国のある方に訊いたことがありますが、実際に戦争になっても、日本をあてにすることはできないので、米軍にはほとんどメリットがないと言っていました。ただ、これまでは集団的自衛権を行使しないという条件の下で行っていた合同訓練の幅が広がるので、お互いの意思疎通や信頼感の醸成には寄与するだろうということでした。
髙久
日本も徴兵制になると煽っている人たちがいますが……。
山田
まったくナンセンスですよ。今の戦争は昔の白兵戦とは違うんです。きわめて高度な専門知識が必要とされます。素人を駆りだしても足手まといになるだけです。もし、できるとしたら、兵站や補給の面だけでしょう。
髙久
感情に訴えるのは反対派の常套手段ですね。
山田
結局、今回の安保法は安倍さんが何度も言っているように、戦争をするためではなく、戦争をさせないための最低限の整備なんですよ。斉の国の事例から、教訓を読み取るべきなんです。斉は軍備をしっかり整えて、どこかの国と同盟を結ぶべきだったんです。それをしなかったので、秦は他の五カ国をひとつひとつ滅ぼすことができたのです。
髙久
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とビスマルクも言っています。
山田
九条の改正には最低でも十年はかかります。その間、他国に侵略されないよう、現憲法下でどこまでできるか、というのが今回の焦点でもあります。もし、政府の判断が違憲だということであれば、最高裁の判断に委ねることになるわけです。それまでは国会の判断が優先されます。もし、最高裁で違憲となれば、九条改正の動きが活発になるでしょう。
髙久
政府が暴走しないための二重、三重の歯止めが効いているわけですね。今日はありがとうございました。
●森 日出夫:撮影
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